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アーミッシュの人々は今に言う “ スローライフ ” を送っています。
現代のアメリカで文明を拒否し 電気 水道 ガス テレビ 自動車もない生活です。町には馬車が走り農業を中心とし 子供も一緒に働きます。
おしゃれになったり 自分を意識することも禁じられているので撮影もさせてもらえません。女性の服装はほとんど同じでボタンもジッパーもついていなくてリボンです。
お土産やに観光客相手にキルトや手作りキャンドルなどが売られていてこれらが彼らの生活の糧です。アーミッシュ同志の絆は強くみんなが一つの家族のような生活です。写真はアーミッシュ独特の服装のご婦人と町を行きかう馬車です。 アーミッシュ村で買い求めたろうそくです。たくさんの松ぼっくりやドライフラワーがはいっています。
アーミッシュの人々はカトリック教会から迫害を受けてドイツからアメリカに移り住んだ人々です。
マリア様などを拝まないプロテスタントの一派で 洗礼の自由が認められています。キリスト教ってかなり複雑ですね。 前にブログに書いたユダヤ教も含めて。
皆さんに 素敵なランチのご招待を娘ともども受けました。
場所は西麻布のイタリアン “ イル・バンビナーッチョ ” です。素材は選び抜かれ 丁寧に作られた絶品のお料理をいただきながら 相も変わらずとどめのないおしゃべりに夢中。お味はおしゃべりを止めてしまうほどの美味しさでした。スタッフの方々もとてもフレンドリーで おしゃべりの合間に説明してくださるタイミングも完璧でとても心地良い時間でした。みなさまご馳走様でした。秋には又がんばりましょう。あの大作を仕上げましょう。
残念ながら、東京は真っ暗にならなかったけど、娘が南フランスで体験した日食の話を聞いて、
ちょっと体がゾクゾクしました。
良かったら、娘のブログを覗いてみてください。
ゆとりの部屋
今日は最後の額縁作りです。遅れたとは言え出来上がると嬉しいものですね。あじさいは来年も咲きますからね。額縁のコーナーにみんな手こずり結局は・・・・・でした。こんなときイギリスで習った椅子の張替えがものを言います。何事も経験。人生無駄はないですね。
とっても美しく出来上がりました。カラーコーディネーターの娘のアドバイスでそれぞれの個性を活かして3人三様です。
みんーーな自分のが一番だと思っています。傑作です。相変わらずおしゃべりが盛んでした。それでも出来上がりましたの。
日中 寝不足で頭が働きませんので 夏用のキャンドルを作りました。 夏にキャンドルはちょっと暑苦しいので貝などを使い もう古くて曲がりくねった普通の長いろうそくを煮溶かして グラスにいれました。ちょっと涼しげです。やっぱりキャンドルの炎は癒されます。
さてどこに・・・・? そうそう8月に白洲治郎さんの第3話がテレビでありますね。
では「 武相荘」に行きましょうということに。武蔵野と相模の境にあるのでこの名になったそうです。昔は辺り一面畑や竹やぶであったのでしょうが 今やきれいな住宅地。数分坂をあがっただけなのにいきなり別世界です。竹林に囲まれた広い敷地の中に茅葺屋根の日本家屋があり 中にはご夫妻が日常使われた物が飾られてあります。素敵におしゃれに生活されていた様子が伺えます。とっても足元にも及びませんが父もかなりおしゃれな生き方をしていたので ちょっと似たようなガラス食器などがあり 古くて大切なものを教えられたような気がしました。
そして次は丹沢方面に車を飛ばし 丹沢に囲まれた農村風景の一本道をぐいぐい登っていくとそこに旗がたくさん立てられた駐車場があり上をみると お店があります。入り口までいくと すばらしい景色を一望できるデッキ席があり雨も少し降っていてマイナスイオンをたっぷり吸おうとそこでいただきました。自家栽培のおそばと丹沢からの地下水をくみ上げた井戸水で打たれたおそばは格別でした。欲張ってそば懐石にお願いしたのですが お野菜も地元のもので都会でいただくような懐石ではありませんがなかなかでした。秋には周りの畑はそばの花で覆われるそうです。季節を変えて行ってみたいところです。
秦野には丹沢の湧き水の場所が至るところにありあちらこちらに看板が見られました。当然
地元住民も大きなペットボトルをたくさん持ってきて汲んでいました。冷たく乾いたのどに潤いを与えてくれました。
最後は鶴巻温泉 弘法の里湯で疲れを癒し 心もすっかり洗われ大満足でした。締めくくりはお寿司で満足 満足。 ローカルなささやかな楽しみでした。たまにはこんなのも面白いでした。さて・・・・明日から
・・
今日は楽しみにしていた「 おうちランチの会 」 です。 とっても素敵な女性お二人を我が家にお招きしました。 お二人とも 中華のプロ そして セミプロ です。昨日からとってもとっても緊張しました。お味ではかないませんから テーブルコーディネトに力をいれました。 夏らしく ガラスをたくさん使い 二層のヴィッシソワーズで 華やかさを演出。 我ながらお味はグー!。
シーフードのキゥイドレッシングはお口の中でとろっと広がり このさわやかさは絶妙です。
自己満足ですがプロのお二人にも喜んでいただきほっとしました。高校時代のお友達です。ずーと繋がっている方や同窓会で再会し またお付き合いが始まった方 みんなそれぞれの人生を歩んでこられ こうしてお会いすると昨日の続きの話しのごとく盛り上がれるって嬉しいですね。 ずーっとずーーとこうしてお会いできるように健康に気をつけて又の再会をお約束してお別れしました。今日はちょっと遠方で来られなかった和ちゃんごめんね。又楽しい企画をしましょうね。
おみやげはたくさん頂きました。ごまだれまんじゅう とろーーーーとしたごまあんがお口いっぱい広がりました。 堂島のマンゴロール 季節限定ですって。ありがとう。でも お食事の後にはとてもお腹にははいらず お裾分け。 夕食の後 おいしくいただきましたよ。おふたりともおっとりした方 ゆっくりと楽しい時間は過ぎました。
岸恵子さんの本を読んでからずーと気になるお友達がいます。 イギリスにいた時テニスクラブにはいっていました。 毎週金曜日の夕方は家族皆でそのクラブに集まります。テニスで汗を流しそしてお食事です。
クラブのお食事ですからたいして美味しくもないので 時には近くのイタリアンや Fish&chips に場所を変えておしゃべりをして絆を深めて行きました。4〜5家族の集まりでしたが私たち以外は皆ユダヤ人でした。敬虔な信者なら金曜日にはテニスなどもってのほかですが彼等は・・・・・・・・でした。でもパスオーバー( 過ぎ越しの祭り )には親しい友人を招いて盛大にお祝いします。私たちも招かれました。 初めてのことでとっても緊張しました。
パスオーバーは “ 十戒 ” と言う映画にもなりましたが
エジプトで奴隷だったユダヤ人が モーゼに導かれ エジプトを脱出し 自由の身になったことを
祝うお祭りのことです。このころになるとイースト菌が使われていないぺったんこの “ モッツア ”というパンを見かけます。これは脱出にイースト菌を使って発酵させる時間がなく 途中で砂漠の太陽で焼いて空腹を満たしたものです。。パスオーバーが近づくと 家の大掃除 ちょうど日本人がお正月を迎えるような雰囲気です。とっても驚いたことは小麦粉関係の食料は全て処分します。パスタですら
家には置きません。私たちに持っていって欲しいと言われましたが あまりの量の多さにパスオーバーが過ぎて返してあげると受け取るのが ちょっと意味不明でした。
ユダヤ人が口にする食料は彼等の専門店デリカッセ
スタッフが手際よく コートにカバーをかけ すぐ止む雨を待つ間の会場の色とりどりの傘のウエーブもウインブルドンの名物の一つに思え その中にいる自分に優越感を抱いた経験があるので それがなくなってしまうというのも ちょっと淋しい気もします。
そんなイギリスの思い出に浸っているこのごろでした・・・・で・・・・嬉しいことに今日はイギリスで 御一緒だった方々とのお集まりが横浜のニューグランドホテルでありました。一年振りに会うお顔 気さくな大使夫人の有意義なお話 そしてイギリスに負けない素敵な雰囲気とゴージャス感に幸せな時間でした。今日は七夕様 彦星と織姫星は天の川を渡って会うことが出来たのかしら・・・・・???
私たちにとっても毎年7月7日は 大切な日です。
行きは横浜名物 赤い靴バス 帰りはシーバスと御のぼりさんもやってきました。
今日の頭の中を写真にしました。
イギリスで住んでいた町は “ J & J town ” ( ジェ & ジェ タウン)と呼ばれていたところでした。
要するに ユダヤ人の “ Jew " と 日本人の “ Japanese ” でそこにはかなりの人数がいました。 日本人は私にとってなんの変わりもない生活でした。
一方ユダヤ人はちょっと異様でした。イギリスの前に住んでいたアメリカにもたくさんのユダヤ人がいましたがユダヤ教と言えどもたくさんの宗派があり 国が違うと人種が別のようでした。アメリカのユダヤ人は国は自分達が支えていると自信に溢れていたように見えましたがイギリスでは頑なに規律を守って静かに生きている・・・そんな気がしました。これはイギリスが古きを守ると言うお国柄でその中で生活しているからでしょうが ユダヤ人が信じるユダヤ教は “ 信じるものは 救われる ”でなく “ 規律を守るものは 救われる ”で それぞれの住む場所にあったやりかたで 自分で厳しい規律を定めそれを守ること が神に仕える証のようです。
町の土曜日 J&J town は ユダヤ人独特の衣装を身に着け シナゴーグという礼拝堂に向かう男女の姿が目につきました。
面白いことに この日は安息日であり 一切仕事をしてはいけないとあって 乳母車もおさないんです。もちろん車も使いません。
金曜日の日没からは電化製品を使わないという規律があり 電気のスイッチも押しません。こんなことがありました。ちょうど10時ごろ私がお出かけから帰って来ると我が家のアラームがけたたましくなっています。 びっくり!!!!!!!!主人は出張中 どこに助けを求めて良いのかパニックです。お向かいに駆け込みました。真っ暗でそっけないんです。もーーーう!!サーてどうしよう??? 二時間もなりっぱなし。 アラームなのに警察もだーれもきません。全くいい加減です。12時が過ぎると突然お向かいが家族総出でやってきました。高校生ぐらいの男の子が一分も経たない内にとめてくれました。ご両親ご自慢の息子のようでした。たしかに ユダヤ人にはこういう優秀な人が多いようですね。助かりました。その後真夜中なのに家に招かれご馳走をいただきました。それがなんの日だったのかはわかりませんでしたが 今考えると金曜日 土曜日の安息日か 特別な行事の日だったのでしょうか?アラームの機械を触ることはできなかったのでしょう。 ほんとはとてもとても親切な家族でした。日本では触れることのない文化を体験することが出来ました。多くのことを知り興味深い体験でした。どの文化においてもそうですが伝統を守り続けることには強さと美しさがあって 心が打たれますね。世界の平和を祈ります。